どうかしている天才

この人は天才でどうかしている。天才ゲームクリエイター・飯田和敏氏インタビュー「どうかしてるんです」天才ゲームクリエイター・飯田和敏が考えたWiiリモコンカバー!

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NGNの使い道わかた

これだ、ついにきた、HFT金子勝教授、HFTを語ることで広がっているみたいだ。

ちょい昔、テレビ版の攻殻機動隊でクゼという男が、切り捨てられた小数点以下の端数を集めて資金を集めるということをやっていて、その脚本にしびれた。が、これが実際に株式市場で行われているという話。

High Frequency Tranding Systemということで、高頻度という言葉が使われているが、高周波という言葉も面白い。株式市場の金額を波形としてとらえれば、高周波でサンプリングすればするほど、上昇のタイミングに出会いやすくなる。その上昇のタイミングに取引できるかどうかで利益の額が変わってくるのだとすれば、高頻度で取引できたほうがいい。

パンピーで高頻度を手に入れるにはNGNしかない。遅延が発生しうる通常回線、無線なんてもってのほか。

この端数は株式市場以外にもありうる。手っ取り早く金を稼ぎたい人は端数に着目してNGNしてみるのもいいかもしれない。

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変化する音楽流通の時代

その時代の最新技術でできることを検討するということにて、”インターネットによって音楽のあり方が変化する、その時代の最新の技術で出来ることを検討することも必要だ”という趣旨の文章を書いた。

ブロードバンドが定額の時代、音楽の長さを決定付けるものは何もない。1日中、一年中、もしくは永遠に流れる音楽が存在してもいい。長さという枠を打ち破ることができる時代が来た。それが”今の時代の最新技術でできること”でもある。

この話に関連して興味深い記事が音楽CDが死んでいく時代として出ている。この記事ではCDの衰退とiTunesの隆盛、Blu-rayの以外な検討?を皮切りにアルバムという形式が崩壊すると述べ、新しいビジネスモデルが必要だとしている。この話では米国におけるiTunesの広がりが主だが、日本では「着うた」による音楽売り上げの増加がオンライン売り上げ増加の参考としてある。

アルバム販売のシステムは、自分の考えうる簡単な形では「音楽家」「エンジニア」「流通」「信託」「利用者」というくくりで考えている。このうち、CDアルバムという販売の形式がインターネットに変わることによって変化するプレイヤーは「流通」である。CDを作る人々が危機に瀕するというシナリオは分かりやすい。

音楽CDの規格はCD-DA(Compact Disc Digital Audio)であり、1980年にフィリップスとソニーに策定されたとされている。約30年の歴史が音楽CDにあるのだが、それも磁気方式のカセットテープやそれ以前のレコードを駆逐した結果でもある。しかし音楽店舗を持ち、それを売り続けてきた人々は同一であろう。彼らの生活はBlu-rayに支えられるのだろうか。

彼らの悲鳴に似たような現象は新型PSPがUMDを捨てダウンロード専売になった点についてにて述べたことにもある。

大企業のフットワークが悪くなる理由の1つに、過去のステークホルダーとの関係をキルことが出来ないという問題がある。今回のケースでは小売店の販売ネットワークをどうするのかという問題だ。現時点において、小売店のネットワークを断絶することは得策だとは思えないので、何らかの関与を残すのではなかろうか。ただし、長期的な視点で見れば、ゲーム専売の小売店が生き残るのは難しいのではなかろうか。

街のゲーム屋でもそうだ。

しかし、これに限らず、商店街に対するスーパーマーケットやデパートの登場、コンビニの全国展開など様々な業種でそれは起こりうる問題だ。これに対応しようとしている企業も存在している。例えば、凸版印刷は印刷会社であり紙媒体の衰退を予想してか電子ペーパーの研究に余念が無い。また広告チラシの電子化にも取り組んでいる。また郵便局では郵便事業で採算が取れないためか、コンビニとの協業や携帯電話の取り扱いの検討を始めている。このような衰退に対して顧客が望む新しい文化を創ろうとする流れに対応することが困難だが必要になってくる。

話を戻すと、音楽のエコシステムでは流通のほかにも、「音楽家」「エンジニア」というくくりがあるが、彼らはどうなるのだろうか。流通がインターネットになることによって「誰でも」音楽を作り売ることができる時代が来ると皆が予想して十数年経つ。この十数年で音楽はものすごく作りやすくなったし、昔のプロが使っているような品質の機材も安価で利用できる。音楽はすごく作りやすくなってきている。簡単な音楽なら作れる時代だ。

関連して気になるのは、顧客は品質の高い音楽を求めているのか?ということだ。それは、「最も上手い演奏家が最も高い利益を得ているか?」という疑問でもある。カラオケブームの印象が強いためか、「最も人が聞いている音楽を買って歌う」「共感できる音楽」「カタカナを使わない歌詞」が良く売れる。時には歌唱力が関係ない音楽が売れたりもする(ジブリ系など)。そうした状況を見ていると、顧客が音楽に何を求めているのかという点に改めて思考をめぐらすことがある。演奏力・歌唱力はコミュニケーションのスループットを上げるが、売るという視点に立ったとき、それよりも顧客に提供する中身が何かがとても大事だろうということだ。それこそが元ソニーミュジックエンターテイメントの丸山茂雄氏の言うストーリー性なのかもしれないと考えている。

このストーリー性を考えるにあたり、スタジオが必要かというとそうでもない。真のプロエンジニアが必要かというとそうでもない。そういう結論に至りたい要求が自身にはある。つまりやる気とマーケティングの仕組みの理解さえあれば音楽の小規模販売までなら可能ではないかという期待がある。

だけれども、このシナリオには欠陥がいくつもある。懸念材料は”どうやってリーチするのか”という点と”収入は決して大きくない”という点だ。これは現状の音楽ビジネスはアイドルと同様にギャンブルであり、大量に広告宣伝費をかけて新人をアピールし、大当たりしたら、その倍を儲けるという仕組みで出来ているように思える。そのような方法を否定するのが小規模販売の道であるが、この道に入ってこれる音楽家の数は膨大に大きくなってきている。つまりピラミッドの底辺が広がる。ピラミッドの面積が同一であると仮定すれば、その高さは低くなる。つまり、このままでは食っていける人間の数は少なくなる。

よって、結果としては音楽家が参入しないことによって、既存の音楽家の利益を守ることになる。多くの音楽家が参入した場合には音楽の値が下がり、多くの人が食えなくなってしまうのではないかという不安がある。

この問題の解消はピラミッドの面積そのものを広げる策を考えることだが、そのような関連性がインターネット上で構築できるのだろうか、まだ見えてこない。

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暗号化した添付ファイルを送付して後からパスワード送る行為について

正直、意味が分からない。一年以上腹に溜め込んでる。

詳しくは「添付ファイルはパスワード付き暗号化」でいいのか “添付ファイルにパスワード”の意味などで説明されているので参照されたい。

具体的には、添付ファイルを暗号化したものを添付して、「次の」メールでその添付ファイルを復号できるパスワードを貼り付けてくる行為が何を期待しているのか、何に用心しているのかが論理的に分からない。これについて詳しくなければならない人もやってくるから、ますますもって意味が分からない。

添付ファイルを暗号化する行為については、不用意に暗号化しないファイルを添付することで、万が一の情報の流出を防ぎたいという気持ちは分かる。しかし「次の」メールに乗せられているパスワードは平文であり、ネットワーク上の盗聴もしくはPCの解析を受ければ丸見えであることには変わりは無い。つまり、まったくもって意味が無い行為のように思える。

本来であれば、?PGPやS/MIMEを用いた上で添付ファイルを送信するか、?ネットワークを経由せず電子情報にも残さない状態でパスワードを伝え、そのパスワードで添付ファイルを暗号化する、という行為が必要なはずだ。

もっと深読みすれば、PC内のファイルを勝手にアップロードしたり公開してしまうウィルスにかかった場合に不用意に添付ファイルが公開されてしまうことへの対処とも考えられるが、それであれば添付ファイルと同一のメールにパスワードが記載されていてもいいはずだ。

さらに深読みすればWebメールでどうするんだという話になる。重要な文章でWebメールなんか使うな、といいたいところだが、Webメールも運用しだいではPGPでどうにかなるし、どうにかできない場合は諦めて平文にしてほしい。

聞いた話では比較的まともな企業では取引先にPGPを強制したりと健やかな状態であるらしい。素晴らしいことだ。

まともな人のやり方がそういう感じだったので、セキュリティへの認識について懸念を持った。おそらく、チェーンメールと同じ仕組みで伝達する、たちの悪い”不幸の手紙”のようなものなのだなと思っている。

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イノベーション(笑)

「イノベーション(笑)」と呼ばれる情報通信業界という記事で、意味の分かってねぇカタカナを使うな、という事柄が書かれている。

これにはビクっとなるところがあって、言葉の1つ1つの定義づけが曖昧なままに読んだりする。話していたりすると、言葉の定義づけがお互いに違うことがあったりして、通じないこともある。

記事中では(笑)としているが、ソリューションでイノベーションしている○ションな方々はこれらの意味を実は理解しているのではないかと思う。それは概念的な意味での理解であり、詳細にそれが何かというところまで下っているのかどうかは分からない。しかし、そのようにイノベーションな方々はそこまで愚かではないし、非常に優秀だ。ITという言葉を流行らせるために、イットと呼ばせる策士も内包するこの業界の営業力には驚かされる。イノベーションのジレンマなりに考えれば、もし大企業でイノベーションを実現しようものなら高難易度のことであり、そのようなことは真に実力のあるチームでなければ、なし得ない。これはすごいことだ。

内部の人の感覚をシミュレートしてみると、どうも行うべき改善をまとめたコンセプトを文章ではなく、キーワードに集約する過程で「イノベーション」という言葉が適当であるという結論になったのではないかと思う。例えば単なるお菓子を意味するものではなく、少し上品なデザートをスイーツと呼ぶことでそのコンセプトを広く知らしめたように、イノベーションという言葉でそれまでの何かのキーワードを呼びかえることで新しいコンセプトを伝えようとした営業努力が生んだものだと感じている。そうした言葉を連呼することだけでも、言葉が意味を持ち、組織としては感覚の共有が行われていくものなのかもしれない。

マスコミ(=日経)が軽薄なキーワードを発信しているのも、読者の気を引くことが読者のためになると信じているからだ。読者は見たことのないカタカナキーワードがあると調べようとする。パラダイムがシフトしたと感じる。そうなると真摯に勉強しようと思う。営業者は、読者が勉強していることを知っているからその言葉を使える。しかし勉強していない、例えば勉強会に来ているようなレベルの人に対しては、その意味の教育から始めなければならない。そのことが欠けていたという話なのだろう。

ただし、外で何が流行るといっているかどうかに関わらず、自身でどの時代に何の価値があり、何が必要になるので、何をするべきか、それをどういう言葉で伝えるべきか、ということを考えることは大事だ。そういった予言じみた狂言を自分の恥を恐れず行える人にはそれほど会ったことがない(巻き込まれる方はたまったものではないが…)。

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遠隔作曲システムについての思案

移動中にとても音符を打ちたい要求があり、電車に揺られながらどうやって実現しようか考えていたりする。

その1。携帯アプリで実装。

その2。サーバ&クライアントで実装。

その1は誰かが既に作っていそうなので、その2で思考実験。

仕組みとしては、クライアントで音符を生成して、サーバで音声を生成。音声をクライアントで再生しての繰り返し。サーバで音声を生成する点がなんとなーくいい感じな気がする。理由はその時代の最新技術でできることを検討するということにあるネットワークシンセサイザーの発想から。

サーバ&クライアントで作業する場合、携帯電話では画面が小さくて難があるのでPSP、もしくはDSiなどで実装したらおもしろそうだと考えたが、それらのブラウザで音声を出力する簡単な方法がなさげ。あってもFlash。うーむ。携帯ゲーム機は難しそうだ。

携帯電話の場合、メールという素晴らしいツールがある。MMLをメールで送信したら、添付ファイルに変換後のmp3が返ってくるとか。いやー、遅延ありすぎになりそうだ。

無理。破棄。ノートPC(もしくはスマートフォン)とサーバ間で演奏するシステムの方が簡単で面白そうだ。

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オンラインゲームがなぜ魅力的なのか

ファイナルファンタジーもラグナロクもやったことがないのに、最近なんでオンラインゲームが流行ったのかーと気になっていたりする。

もともとオンラインゲームへの興味は、違法コピーに対するゲームのビジネスモデルの解として、あった。PCゲームを初めとして当時から、CD-ROMのような普遍的なメディアを利用するゲームに関してはコピーを防ぐということは無理だろうという結論は出ていた。よって、ゲームはPCを離れ、ゲーム機専用のプラットフォームで進化せざるを得ない、と思っていたのだが、どうもそういったプラットフォームでも完全に防ぐのは難しいらしく、諦めな現状になっている。

その画期的な解決方法として1つの提案を行ったのがマイクロソフトであり、ネットワークによるアクティベーションという機構を組み込んだ。そして破られた。

その後どうもオンラインゲームという分野がウィルティマを初めとして出来上がり、ゲームシステム自体をサーバに持つモデルが生まれていった。ゲームシステムがサーバにあるのだから、サーバに進入しない限りは簡単にコピーすることはできない。つまりゲームユーザーはサーバにアクセスして課金するというモデルにしびれたものだった。

またオンラインゲームは他にはない特徴を備えていった。無料でゲームができるというモデルだ。このモデルでは、アイテムなどのゲームにおける重要な要素の課金で収益を上げるモデルになっている。正直なところ、このモデルに関しては、好ましいと思わなかった。というのは、?定額制ではなく従量制なのでユーザーがどれだけ課金したかによって差が生まれやすくなりゲーム性が薄くなる、?定額制ではないので使いすぎてしまう可能性がある、という問題点があるように思えたからだ。

さらに、自分の世代だと、ゲームとは最初に多額のお金をかけて買う、というモデルだということが染み付いているので、途中で課金されるということがどのようなことなのか良く分からないという不安もあった。

しかし、今の世代を見ていると、どうもゲームとはイニシャルコストではなくランニングコストなのだ、という割りきりがしっかりできている世代がやっているように思える。どうもこれは、今までゲームをやってきた世代ではなく、元々ライトユーザーだった人がやり始めており、ゲームとはそういった課金なのだという認識を持ってやっているという流れができているように思える。

そういった層がどうして入ってきているのか?と考えるとMMO系RPGはどうしてクリッコゲームばっかりなのか?さて,次世代のオンラインゲームとはなんぞや?にあるように、オンラインゲームで人気のあるものはクリックゲームだからではないか、という予想ができる。その理由は、クリックゲームは操作性が簡単であり初心者が入りやすく、またアクションゲームのように刹那の操作性による熟練者と初心者の差が出にくいということが関わっている。つまり、オンラインゲームは今までのゲームとは違い、初心者にやさしくできているため、新しい層のユーザーが入ってきているのではないか、と考えている。

また、このようなクリックベースのオンラインゲームでは、知識の差が、経験値や装備のよしあしに関わることが多く、上を目指すのであれば情報の交流を必要とする。つまり、コミュニケーションが必要になってくる。ゲーム側としてもギルドやパーティという形でコミュニケーションを誘発する形をとっている。そしてコミュニケーションが進んでいくと、「抜けられない」連帯感が生まれてくる。これが続けさせる理由になっているのではないか、と考えられる。またコミュニケーション上のアイテムの交換などには小額の課金が必要なケースがあり、セコく稼いでいるという印象がある。

こうしてみると、彼らにおけるゲームとは何か?という回答に対しては”現実世界では実現できない社会性を求めている”という結論にたどり着きやすいのかな、と。そのため、普通のゲームが上手い人が、ランキング上位にいる人にはならない点もあり、かつ非クリックゲームが1年も持たずに終わってしまうこともうなづけるのかなーと。

既存のゲームにおいても掲示板等でコミュニケーションをとろうとするのは、そういった社会性があるからなのかもしれない。例えば以前に買ったゲームニクスの本では、学校社会において「発売当初のゲームの攻略などの話題の広がりが早い」という点に着目して、「教育においてもゲーム的な手法を利用することで情報の広がりの速さを実現する」という方針で授業を行っている場所があるという。こうした点に着目すると、オンラインゲームで学校教育できてしまうのではないか、とも思えてしまうが、イメージが浮かばない。

まとめとして、オンラインゲームにお金を落とす人は、ゲームに対して社会性を求めているゲーム初心者であり、ゲーム初心者はプレイスキルに左右されずコミュニケーションを前提とする知識が優位に立つようなゲームシステムを好み、新しくゲームの世界に入ってきた人なのでランニングコスト的なアイテム課金に対しても抵抗がなく、そういったオンラインゲームはエコシステムとしては上手くまわっていて魅力的なんじゃないのかな、と。

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最近は考えて生煮えのまま文章を書くから読みにくいなぁ。

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