神から人間になった人々

映像のようなリアリティのある情報が存在しなかった過去では、紙面を飾る人々の様子は記者を通じて伝えられ、ある種の神格化がされてきたのだと思う。

彼らの行動は削減された情報上でしか存在せずに、その少ない情報から、彼らの人となりを想像しなければならなかった。そのような情報の少なさからの想像では、実際の彼らとは違いが出る。それは現在でも伝記物を読む場合でも感じることはできる。

神格化された想像の人物は、人間くささがなく、やはり、理想の人物になる。過去の人々は、そのような理想の人物を想像し、その姿を追いかけてきたのではないかと思う。だからこそ、人間臭さを超えた、やはり神に近い存在になりえたのだろう。

現在は映像などによって、より、画面の向こうにいる彼らをリアリティを持って感じることができるようになった。リアリティがあるということは、彼らが我々と違いのない人間であるということを理解できるということだ。そこに想像の像が出来上がることは、意図して像作りをしない限り、難しいのではなかろうか。逆に指摘されるとすれば、そのような意図された像づくりこそが、タレント業なるものの真髄なのだろう。

現在における、理想の人物像とはどのようなものなのだろうか。興味がある。

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