会社法人という集団の意義

雇用される側の人間として、会社とはどのように映るのだろうか。

会社とは補完の関係だと考えている。各分野のスペシャリスト(専門家)を育て、各人が足りない部分を補っていく関係。各人の所属を社名という1つのベクトルに集約することにより、組織としての力を引き出すこと。そのため個の責任は社に向けられ、社全体の責任は個に希薄になる関係。

社会のシステムそのものが補完の関係であるのに、なぜ会社という組織が必要なのか。

そもそも会社というシステムで社員の願望、希望ベクトルがひとつにまとめるということはどういうことなのだろうか。それとも、もっとドライに考えれば社員と社の関係は労働関係に他ならず、それ以外はありえないということか。

まだ自分には会社というシステムの本質が見えていない。

なぜ会社でなければならないのか、という問いが以前から自分の中にあった。その問いに自分で答えを持たない限り、他者の意見を取り入れるのは危険と考えていた。ビジョナリーカンパニーという本は企業家の間ではバイブルに近い存在だが、今まで読まなかった。それは自分なりに、読む前と読んだ後では考えられる事柄が違うと感じているからだ。

自分なりの答えが出ていない。

ただ思うのは企業の中で生きる人も、それなりの覚悟が必要だということか。

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