昨年に今年最後の大物著作権裁判として「まねきTV」の判決が覆るかもしれない件について記事を書いたが、年末にもう1つ、衝撃的なサービスのデビユーを見ることになった。そのサービスとは「自炊の森」だ。
自炊書店「自炊の森」プレオープンレポート! 店内のマンガ/同人誌を自分でデータ化
「自炊の森」は、店内にある書籍や同人誌をデータ化して持ち帰ることができるという”自炊(※)”書店。元の書籍を購入せずとも手軽に電子書籍を入手できるのが最大の特徴で、データ化はユーザー自らが店内の業務用スキャナを用いて行う。
利用の流れは、本を選び料金を支払う、裁断済みの本が渡される、スキャン作業は自分で行う、スキャナーは店舗側が用意している、取り込んだデータは外部メディアに保存する、本は返却を行う、となっているらしい。
iPadの登場以降、自分の持っている本の吸出し作業を行うことを「自炊」と呼称するWebサイト、雑誌が出てきている。Web上の情報において自炊作業を創造してみたところ、困難かつ面倒なのは、きれいに裁断する点とスキャニングを行う点であり、ともに裁断機とスキャナーが必要になる。これらの問題をうまく解決していると言える。
それでは本題の著作権問題についてはどうだろうか。今回問題となるのは、著作権と貸与権であり、公衆送信権については関連はなさそうである。
この問題について、Web上で調べ、自分なりにまとめてみることにした。
(法律については詳しくはないので間違いがあったら指摘してください)
目的は、本件サービスが裁判になった場合に、争点となりそうな場所を洗い出すことである。
書籍またはCD,DVDに関するサービスの著作権者への許諾必要かどうかの表
本件への著作権法上問題となる点は、複製権と貸与権である。スキャン行為は複製とみなせるからである。
複製権侵害であるか否かの判断は、私的な複製であるかどうかの判定が必要である。複製の主体が利用者側であると判断されれば私的複製だが、複製の主体が業者側である(カラオケ法理:支配性および営業上の利益から)と判断されれば私的複製にあたらず、違法である。
また貸与権についても議論が必要になろう。貸本屋(ネットでレンタルブック業)であるため、許諾が必要になるのではないか、との疑問も沸く。
この2つの権利の問題については、他業種と比較することで判断を容易にするだろうと思い、下に作った表(PDF:A3用紙)へのリンクを示す。
書籍またはCD,DVDに関わるサービスの著作権者への許諾必要かどうかの表
この表を基にしながら、順に進めていきたい。
複製権
本件サービスは、図書館と比較される。自炊の森(店内の漫画を自炊するレンタルスペース)の公式アカウントからの、著作権への法解釈についてから本件サービスの言い分を引用する。
これは良くある誤解なのですが、私的複製をする為の条件としてオリジナルの本を自分で買う必要は無いのです。例えば、図書館内で設置されているコピー機を使って複製する行為も、友人から書籍を借りて複製する行為も法的に全く問題有りません。著作権法第三十条に定得られている私的複製です。
この文面において理解される図書館の複製については、半分正しく半分は誤りである。
この発言の誤り部分について論ずる。通常、図書館においてコピー(複写)を行うためには複写申込書を書くことが必要であり、また書籍の一部しか複写することはできない。そうでなければ著作権者の許諾が必要である。これは著作権法第31条にて法令に定められた図書館のみ認められている行為である。これは複写の主体が図書館側にあるとし、図書館員に代わって利用者が複写を行っているとみなされている。
これに対してこの手続きを簡略化するために平成11年、横浜市立図書館にて著作権法第30条、私的複製によるコピーの受付も始めた(参考:横浜市立図書館での事例)。これについては本来はコピー機は自動複製機器にあたり30条には反する。だが、付則5条の2にて例外措置がなされている(過去記事コンビニのコピー機は自動複製機器)。よってコンビニにあるコピー機よろしく私的複製のためのサービスを提供を開始したようだ。
現在はこの問題についてはWikipediaにあるとおり、著作権管理団体と図書館団体の契約によって附則5条の2の例外措置に頼らない形で対応をしているようである。
よって、この問題は、本件サービスが法令で定められた図書館とみなせるか否かではなく、複製の主体は誰で私的複製にあたるかどうか、が争点である。
私的複製か否か
第30条 著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
1.公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合
本件サービスは、裁断はすでに店側で行われており、サービス利用者は所定のスキャナーを自分で操作してスキャンを行う。このうちスキャン行為は利用者が行っているので、複製の主体は(一応は)利用者である。
「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内」については零細な複製うんぬんの話があるが、明確に示されてはいない。裁判官のさじ加減だが、これを根拠にすることはなさそうである(示せといわれて示せるものではない)。
自動複製機器かどうかについては、スキャナーはそのものである。つまり、本来であれば私的複製の対象ではない。しかし(過去記事コンビニのコピー機は自動複製機器)で挙げたように文章および図画の複製に限り、自動複製装置は認められている。
よって各事象を見ている限り、私的複製と言えそうだ。
しかし、それを覆す方法もあり、それがカラオケ法理であるとの意見もある。Wikipediaのカラオケ法理内から引用する。
クラブキャッツアイ事件とは、カラオケスナック店において客に有料でカラオケ機器を利用させていた同店の経営者に対し、日本音楽著作権協会(JASRAC)が演奏権侵害に基づく損害賠償等を請求した事件である。裁判では、実際には客によってなされている曲の演奏が、店の経営者による演奏と同視できるか否かが最大の争点となった。最高裁は「店側はカラオケ機器を設置して客に利用させることにより利益を得ている上、カラオケテープの提供や客に対する勧誘行為などを継続的に行っていることから、客だけでなく店も著作物の利用主体と認定すべきである」と判断し、被告である店の経営者に対して損害賠償を命じる判決を下した。
この事件では、店はカラオケ機器を準備するだけであり、客は主体性を持ってカラオケ機器を操作し、演奏を行わせた。演奏を行ったのは客である、との店側の主張に対して、客に利用させることにより利益を得ているのだから店が演奏している(主体は店)と判断できる、とした。
本件サービスにこの論理を適用すれば、この店の利益は客の複製に強い関連を持って発生したものであり、店が複製を行っている、すなわち私的複製にあたらない、との判断をすることもできる。しかし、これについては裁判になってみないと分からない。また賠償が行われるとしても、卸と本屋に対して行われることはない(参考:「自炊の森」問題に関する専門家の見解)。
以上に述べたとおり、複製権に関しての争点は私的複製か否かであり、それを決定するのはカラオケ法理であろうと考えられる。
貸与権
本件サービスでは店は利用者に対して、営利で本の貸し出しを行っており、このための許諾、かかる著作権料を支払うべきだ、との意見がある。
確かにレンタルCDショップも商売を行っているがJASRACにはお金を払っている。JASRACのページCD・ビデオのレンタルにもその料金体系が書かれている。ネット上にはレンタルブックサービスがある。
この権利、貸し出しを行える権利は、著作権法第26条の3(貸与権)として規定されている。だったら、貸本屋(私語?)はお金を払っていたの?という疑問があるかもしれない。それに関しては経過措置(附則4条の2)があり、
書籍または雑誌の貸与の場合は例外とされていた。この措置は2004年に廃止されたため、現在では許諾が必要である。
それでは図書館では貸与権は適用されているのだろうか。それについては著作権法第38条4項が対応する。
4 公表された著作物(映画の著作物を除く。)は、営利を目的とせず、かつ、その複製物の貸与を受ける者から料金を受けない場合には、その複製物(映画の著作物において複製されている著作物にあつては、当該映画の著作物の複製物を除く。)の貸与により公衆に提供することができる。
すなわち、非営利であるならば、貸与は可能である。よって非営利の図書館は無償で貸し出し可能である。
そうであれば、漫画喫茶(インターネットカフェ)は著作権料を支払っているのだろうか。漫画喫茶は営利企業だ。実は著作権料を支払っていない。Wikipediaの出版物貸与権管理センターの記事内から引用する。
1990年代後半より、出版業界では公正取引委員会が再販制度廃止を検討していたことに激しく抵抗する一方、大型古書店や漫画喫茶が著作権を侵害していると攻撃する傾向が強まっていた。そのうち、漫画喫茶に対しては入場料を徴収して店内で漫画を閲覧させる行為を「貸与」と解釈し、出版物に対する貸与権の適用除外を定めた著作権法附則第4条の2を廃止することでこれを禁止すべしとの意見が業界内から挙がったが、文化庁は利用者が店外へ備え付けの本を持ち出さない限り「貸与」には当たらないとの見解を示したことからこの方針は挫折し、やがてブックオフが実験的に開始していた貸本業(コミックレンタル)が攻撃対象にすり替わった。
すなわち、「利用者が店外へ備え付けの本を持ち出さない限り「貸与」には当たらないとの見解」をすることで、文化庁は解決を図った。店外へ備え付けの本を持ち出さない限りは貸与にならない。よって本件サービスは館内ですべてが終わるため、貸与にはならないと考えられる。
2店方式ならうまくいくという意見もあるが、店から出しては貸与にあたってしまう。パチンコと一緒ではない。よくよく考えてみると中古書籍の流通の一環と考えれば不可能ではないかも(詳細はまとめのあとのオマケで)。
なお、2004年の付則4条の2の廃止により、影響を受けたのか受けなかったのか、「イトーヨーカドーこども図書館
」が廃止となっている。これも店に来る顧客に対して非営利に本を貸し出す行為は、すなわち、貸与とみなされる、と店側が判断し、自主的に廃止したものだと思われる。
以上のことから、館内ですべてのことを済ますのであれば貸与とはみなされない、との判断が考えられる。
それに対して、館内でのスキャン行為は閲覧行為を超えており、貸与に値する、よって貸与権の侵害であるとの考え方がある。
まとめ
本件サービスの争点は複製権と貸与権である。
複製権については私的複製とみなされるかどうか、すなわち、その主体が誰であるかが問題であり、利用者がスキャナーを操作している以上問題ないように見えるが、その支配性や利益、サービスの性質から主体は店側であると判断されうる条件は整っている。
貸与権については一見は漫画喫茶と同等のサービスであるように見えるが、複製行為を行っていることは明らかで、これは閲覧を超えており貸与であるとみなせる可能性もある。
(追記 18:06)カラオケ法理では自分で持ち込んだスキャナーで読み込むことを防ぐことができないような気がする。それは図書館も一緒。よって「店内複製は貸与」の方針のほうがカバーしやすいのではないか。
おまけ
補償金
私的複製がデジタルで行われると劣化しないので困る。そこで私的録音録画補償金制度(補償金制度)がある。電子書籍データにも補償金のせときますね^^
公貸権
図書館でもタダで何度でも閲覧できるのっておかしくない?人気のある作品ほど閲覧回数が多いけれども1回しか購入されない(何度も買い替えされるかもしれないけれども)。損じゃない。
ということで、閲覧回数ごとに金とる。海外では割とフツーな権利(らしい)。
裁断しなけりゃOKか
裁断しなくてもスキャンできる機器の導入が待たれますね。
スキャナーだけの利用サービスなら
合法。コンビニと一緒。
中古の本の流通はどうなの?
著作権者にお金はいかない。再販制度は本が一度売れるまで適用だから、価格は維持しなくてよい。盗品売る奴がいる可能性があるから、古物商の免許が必要。著作権者の一番の敵はブックオフ。著作権者にお金を払いたい人は新品買ってあげて下さいな。
中古の裁断本市場
たぶん合法。古物商許可とってるなら。購入した裁断本からスキャナーで自炊して、再度売れる。一番金がかからないし、楽かも。500円で裁断本を買い、500円で裁断本を売る。
その店にそのまま売るのであれば、貸与とみなされてしまうかも。店がいくつもあって、買った店と売った店が違うのなら、言い訳できるかも。A古書店B古書店Cスキャナ店の3店方式といわれても確かにそうだ。
で、これはまず現行法で防げないのではないか。
黄金パターンとしては、A裁断古書店→(配送1)→BOOKSCAN→(配送2)→B裁断古書店。著作権者がBOOKSCANを訴えないのであれば自炊する必要もなし。そのままB古書店に売ってきてもらう。(配送1)に関してはBOOKSCANは対応している(Amazon直送に対応しているから)。(配送2)については、自分で受け取って再度古書店に売りにいく必要があるかも。おっと、配送料がかかってしまうので現実的じゃないな。
著作権者として対応するには?
カラオケ法理を主張する
著作権法に不明瞭な部分が生まれる。
付則5条の2をつぶす
文章、図画の自動複製機器を絶対に許さない。なお、コンビニからコピー機はなくなる。
店内の閲覧を貸与と見なさない
漫画喫茶がつぶれる。割とこれが望ましいが、文化庁が保護したので無理筋。
店内の複写を貸与と見なす
有力筋。図書館は著作権団体と契約を進めている(はず)なので、一番被害こうむる場所がない着地点。
同じ値段で電子書籍を出す
一番、みんなが幸せになれる。
紙の書籍を出さない
エコだよ、それは!
コピーコントロールをつける
コノ ホン ハ フクセイ デキマセン
を、すべてのスキャナが認識する状況に持っていく。お札のように。
本以外で収入を得られる道を模索する
無理。
感想
ということで、「自炊の森」登場から書きたかった件をようやく消化できた。この問題は「私的複製で利益得てるんだから主体は店」もしくは「店内複製は貸与だよ」で決着すると思うのだが、裁断古書店を絡めたスキャンサービスとなると防ぎようがない。
皆さんが望んでいる根本解決は、「安価で」(これ大事、40%位の値段で)、「電子書籍が」手に入ることだ。DRMがついていようとついてなかろうと、手軽に買えたら飛びつく。着うたフルの事例もある。電子データ化すると、価格を操作しやすい、セールをしやすい。
うっかりsteamでセールしているゲーム、itunes storeでセールしているアプリ、NTT-XストアでExpress 5800 S70タイプRBを買ってしまう。セールには必要ないのに買いたくなる魔法みたいなものがある。書籍も大して興味がなかったけれどセールだから買ってみよう、読んだら面白かった次の作品は発売日に買おう、ってな展開になったら嬉しいのだ。
安価ができず定価販売するのであれば、せめて、紙書籍と電子書籍のチャンポンで販売して欲しいのだが、そうすると紙書籍は古本屋に売れるから、電子データだけ割安で手に入ることになるのか。なかなか難しい問題だ。
ともかく、利用者がスキャンする手間もコストも馬鹿らしくなるような「安価で」電子書籍が流通することを切に願う。