iPodのiTunesと今後のタブレットについて

昔、iPodの成功はiTunesだと、聞いて。

当時のmp3プレイヤーは単純にmp3ファイルをストレージにコピーすれば使えるようになるものだった。それは一見使いやすいように見える。当時、友人が使っていたウォークマンに音楽を入れるためのツール、sonicstageなるものを見せてもらったが、どのように使えばよいのか分からなかった。

iTunesはCDを入れたら勝手に起動して、インポートする、というボタンをクリックするだけで曲が名前つきでリッピングされていく。楽だ。これは、既存の音楽CDを持っていて、それを持ち歩きたい、という要求から来るものだ。

PC上でプレイリストを作って、同期することが出来る。逆に言えば、PCがなければ上手く設定することが出来ない。PCと同期しない選択肢は、MDデッキなどでCDからMDに吸い取る、というものなので、現実的ではなかった。

仮に、CDから簡単にリッピングして簡単にiPodに同期できるソフトウェアが存在することが、音楽プレイヤーとしての勝利であるのなら、タブレットに関してはどうだろうか。

一旦、picasaのそれが近い、と思った。picasaはデジタルカメラの写真を管理することに優れており、顔認識して分類することもできる。一覧して写真を見たりなどの操作がしやすく使いやすい。

しかしタブレットの皆のゴールは写真だろうか。否、書籍だ。

iPodはCDからのメディアの載せ替えだったように、書籍からタブレットへの乗せ替えはどうだろうか。書籍からスキャンした結果(自炊したもの)を上手くPC側で管理できるソフトウェアが思いつかない。

であるのなら、電子書籍を対象としたタブレットを設計するメーカーは、積極的に自炊を支援することが必要ではないか。自炊した結果を美しく管理できるソフトウェアをバンドルすべきではないか。

すなわち、現状のタブレットのビジネスにおいて、新しいメディア・電子書籍を売る、という一点に着目しすぎており、既存の書籍を電子化したいニーズを無視していると感じる。

iPodの場合は、既存のCDユーザーを取り込みライブラリを作成させ、その上でiTunes Storeの提案を行い、使い込んだライブラリの中に溶け込むように音楽を売っていった、ように見える。ライブラリを使い込んで、今後ずっとそのライブラリ(とソフトウェア)と付き合っていく覚悟が出来なければ「ひも付き」の音楽なんて買えない。

このiPodのやり方を踏襲するのであれば、まず、既存書籍のライブラリ化が必須であり、その使い込んだライブラリに次は電子書籍を入れるか、という順番でなければ乗り換える気がユーザーには起きないのではないか。一口にライブラリ化といっても、画像をきれいにしたり、文字をOCRしたり、など、様々な後処理が考えられる。工夫のしどころはある。

よって、「電子書籍ユーザー対象のタブレットの勝利を決める要因は、既存の書籍のライブラリ化を簡単に、そして美しく行える同期ソフトウェアのバンドルによって左右される」と、考えている。

という、お話でした。

カテゴリー: 電子書籍 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください