変化する音楽流通の時代

その時代の最新技術でできることを検討するということにて、”インターネットによって音楽のあり方が変化する、その時代の最新の技術で出来ることを検討することも必要だ”という趣旨の文章を書いた。

ブロードバンドが定額の時代、音楽の長さを決定付けるものは何もない。1日中、一年中、もしくは永遠に流れる音楽が存在してもいい。長さという枠を打ち破ることができる時代が来た。それが”今の時代の最新技術でできること”でもある。

この話に関連して興味深い記事が音楽CDが死んでいく時代として出ている。この記事ではCDの衰退とiTunesの隆盛、Blu-rayの以外な検討?を皮切りにアルバムという形式が崩壊すると述べ、新しいビジネスモデルが必要だとしている。この話では米国におけるiTunesの広がりが主だが、日本では「着うた」による音楽売り上げの増加がオンライン売り上げ増加の参考としてある。

アルバム販売のシステムは、自分の考えうる簡単な形では「音楽家」「エンジニア」「流通」「信託」「利用者」というくくりで考えている。このうち、CDアルバムという販売の形式がインターネットに変わることによって変化するプレイヤーは「流通」である。CDを作る人々が危機に瀕するというシナリオは分かりやすい。

音楽CDの規格はCD-DA(Compact Disc Digital Audio)であり、1980年にフィリップスとソニーに策定されたとされている。約30年の歴史が音楽CDにあるのだが、それも磁気方式のカセットテープやそれ以前のレコードを駆逐した結果でもある。しかし音楽店舗を持ち、それを売り続けてきた人々は同一であろう。彼らの生活はBlu-rayに支えられるのだろうか。

彼らの悲鳴に似たような現象は新型PSPがUMDを捨てダウンロード専売になった点についてにて述べたことにもある。

大企業のフットワークが悪くなる理由の1つに、過去のステークホルダーとの関係をキルことが出来ないという問題がある。今回のケースでは小売店の販売ネットワークをどうするのかという問題だ。現時点において、小売店のネットワークを断絶することは得策だとは思えないので、何らかの関与を残すのではなかろうか。ただし、長期的な視点で見れば、ゲーム専売の小売店が生き残るのは難しいのではなかろうか。

街のゲーム屋でもそうだ。

しかし、これに限らず、商店街に対するスーパーマーケットやデパートの登場、コンビニの全国展開など様々な業種でそれは起こりうる問題だ。これに対応しようとしている企業も存在している。例えば、凸版印刷は印刷会社であり紙媒体の衰退を予想してか電子ペーパーの研究に余念が無い。また広告チラシの電子化にも取り組んでいる。また郵便局では郵便事業で採算が取れないためか、コンビニとの協業や携帯電話の取り扱いの検討を始めている。このような衰退に対して顧客が望む新しい文化を創ろうとする流れに対応することが困難だが必要になってくる。

話を戻すと、音楽のエコシステムでは流通のほかにも、「音楽家」「エンジニア」というくくりがあるが、彼らはどうなるのだろうか。流通がインターネットになることによって「誰でも」音楽を作り売ることができる時代が来ると皆が予想して十数年経つ。この十数年で音楽はものすごく作りやすくなったし、昔のプロが使っているような品質の機材も安価で利用できる。音楽はすごく作りやすくなってきている。簡単な音楽なら作れる時代だ。

関連して気になるのは、顧客は品質の高い音楽を求めているのか?ということだ。それは、「最も上手い演奏家が最も高い利益を得ているか?」という疑問でもある。カラオケブームの印象が強いためか、「最も人が聞いている音楽を買って歌う」「共感できる音楽」「カタカナを使わない歌詞」が良く売れる。時には歌唱力が関係ない音楽が売れたりもする(ジブリ系など)。そうした状況を見ていると、顧客が音楽に何を求めているのかという点に改めて思考をめぐらすことがある。演奏力・歌唱力はコミュニケーションのスループットを上げるが、売るという視点に立ったとき、それよりも顧客に提供する中身が何かがとても大事だろうということだ。それこそが元ソニーミュジックエンターテイメントの丸山茂雄氏の言うストーリー性なのかもしれないと考えている。

このストーリー性を考えるにあたり、スタジオが必要かというとそうでもない。真のプロエンジニアが必要かというとそうでもない。そういう結論に至りたい要求が自身にはある。つまりやる気とマーケティングの仕組みの理解さえあれば音楽の小規模販売までなら可能ではないかという期待がある。

だけれども、このシナリオには欠陥がいくつもある。懸念材料は”どうやってリーチするのか”という点と”収入は決して大きくない”という点だ。これは現状の音楽ビジネスはアイドルと同様にギャンブルであり、大量に広告宣伝費をかけて新人をアピールし、大当たりしたら、その倍を儲けるという仕組みで出来ているように思える。そのような方法を否定するのが小規模販売の道であるが、この道に入ってこれる音楽家の数は膨大に大きくなってきている。つまりピラミッドの底辺が広がる。ピラミッドの面積が同一であると仮定すれば、その高さは低くなる。つまり、このままでは食っていける人間の数は少なくなる。

よって、結果としては音楽家が参入しないことによって、既存の音楽家の利益を守ることになる。多くの音楽家が参入した場合には音楽の値が下がり、多くの人が食えなくなってしまうのではないかという不安がある。

この問題の解消はピラミッドの面積そのものを広げる策を考えることだが、そのような関連性がインターネット上で構築できるのだろうか、まだ見えてこない。

カテゴリー: チラシの裏 パーマリンク

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